2012年6月3日日曜日

セシウム除去のジレンマ

2回目は、セシウム除去について考えてみたいと思います。
非常に重大な脅威である放射性セシウム除去は日本国民を守るためにも早急な対策が必要とされています。

様々な研究が活発に行われていますが、一番の問題は、回収後の取り扱いのようです。
 
セシウム吸着ぞうきん開発 課題は回収 東大生産研(朝日新聞)
http://www.asahi.com/science/update/0528/TKY201205280091.html

東京大学の迫田教授のグループが、プルシアンブルーを練りこんだ布を開発し、セシウムを捕獲できることを確認したそうです。 プルシアンブルーとは、いわゆる青色色素であり、塗料として昔から使われてきた材料です。このプルシアンブルーはシアン化鉄という化学物質で、キレート剤(イオンを吸着分離する物質)として知られています。青色塗料なので当然青い布になるんですね。ぞうきんにする発想が面白いです。

 さて、この技術の重要な点は、簡易な方法で、プルシアンブルーが溶け出さないように事前に布上に化学処理を施した点ですね。多分、化学的に もっと最適な手法は考えていたはずです。ですが、100万枚のぞうきん用という前提を作ることによって、簡易なこの手法にたどり着いたのだと思います。私は、こういうコンセプト実験は好きです。

課題は回収、と述べているようですが、ここがこの技術のキーポイントです。いくつか理由がありますが、この手法独特の課題について。それは、材料そのものです。プルシアンブルーとはシアン化鉄と前述しましたが、シアンとは、漢字で青酸と書きます。青酸カリで有名なあの青酸です。ただし、イオン化しなければ毒性はありませんので、イオン化しにくいプルシアンブルー自体は安全です。ただし、中途半端に燃やすと青酸ガスを放出する可能性があり、このぞうきんを焼却処分することはできません。つまり、埋めることが必要なのです。しかし、この焼却できないセシウム付着ぞうきんを埋める場所が無い。こんなにかさばるのに。多分、今後の研究課題は、このぞうきんからセシウムのみ、もしくはセシウム付着プルシアンブルーを抽出除去できるか?ということになると思われます。折角、簡易にこだわり、あえてリスクのあるプルシアンブルーをチョイスしたのですから、この先を研究者の皆さんで考案して頂きたいです。

抽出後、放射性を失活できる技術が発明されれば素晴らしいのですが、原子核での現象のため、本質的には直接原子核にアクセスする以外の方法はなく、そのアクセス可能なエネルギーが放射線しか無いのが現状です。悲しいかな矛盾の関係になってしまいます。現実的には、セシウム137はベータ崩壊なので、何らかの薄いベータ線遮蔽材料を開発し、密閉する形になると予想します。この遮蔽材料は不可能とは思いませんが、ナノ技術が必要ではないか、と思います。 

原子核科学は、まさに神と悪魔の両面性、まるでヤヌスです。科学的には、何と美しく、理路整然とした体系でしょうか。ただ産業技術的には、触れてはならないパンドラの箱だったのかもしれません。道を誤った際、どこに答えが行き着くか、それも理路整然として見えていたのですから。
私は、こう予想します。 科学者が神話に頼ってはダメなのでしょうが、絶対の真理を揺るがすのは、混沌(カオス)です。もし、周期律という絶対真理に逆らうならば、ナノの量子性と生物の神秘でしょう。どちらも宇宙と同じく不確定性に満ちたカオスの世界の理にあります。真理に逆らう科学者の志を応援しましょう。

ちなみにセシウム137の半減期は、約30年です。

2012年6月2日土曜日

シャープの新IGZOとは、普通のInGaZnO4のことか?

さて、ブログを始めてみました。 
アメリカに仕事で計4年ほど住んで、日本に帰ってきました。 
アメリカでの素晴らしい日々の中にも、家族を失う悲しみも味わい、 人生の儚さを覚えるようになりました。


そんな自分の技術感を文章に残してみようと思います。 
最初は、シャープのIGZO新技術のついて、私の私見を。 
本当は、最初だから、Scienceネタくらいから入ろうかと思ってみましたが、 ちょうどニュースになっていたので、日本企業の技術から入ってみたいと思います。


シャープ、IGZOの新技術を開発しモバイル向けを強化

他にもいろいろニュースになっていましたが、基本は、なぜか既知の結晶化IGZOの話ばかりです。
結構、新材料的な論評多いですね。
引用したサイトには、詳細スライド写真が掲載されていますが、やはり結晶化IGZOを記事の最初に書いています。
本当に理解して記事にされているのでしょうか?


また、なぜ、わざわざブラックボックス化が好きなシャープが、虎の子の新技術をオープンにしたのか?と不思議です。シャープとしては、低消費電力化のいくつかの取り組みの一つなのかもしれないけど、一番期待されているところで、ハテナな技術を目立つように持ってきた感じがします。内容も普通のIGZOと新IGZOがかなり混ざっていて、どちらの話かわからなくなりそうなスライド構成に感じられます。(すみません、正直な感想です。)


こう感じる理由は、そもそもなぜIGZOだったか?です。
つまり、今発表は、東京工業大学の細野研究室で生まれたアモルファスIGZOの長所を消すからです。
細野教授インタビュー:酸化物半導体の基本特許を出願して、さまざまなことを体験しました
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120221/205372/?ST=print
第19回(2005年度)独創性を拓く 先端技術大賞 受賞者
http://www.fbi-award.jp/sentan/jusyou/2005/index.html


結構、苦労話が載っています。結晶薄膜のデータも載っていますね。
細野教授や神谷教授は、結晶にならないように頑張って、”わざわざ”アモルファスを発明したのですから。
これは、①フレキシブル用、②熱処理要らず、③高い電子移動度、の3点が大きな特徴でした。
だからNatureに掲載されたんですね。


さて、今回のシャープの発表では、”わざわざ”上記3点の利点の2点を捨てているようにみえます。
つまり、アモルファスで活きる①フレキシブルと②熱処理要らず、です。
細野教授の発明を捨てて、新IGZOを取ったと。


ちなみに新IGZOとは、InGaZnO4という結晶で、別に今回初めてできた訳ではなく、細野教授らは、より綺麗な単結晶膜も別手法ですが既に作っています。結晶構造もInGaZnO4で、google画像検索でも過去のものがいくつかヒットします。今回の発表と同じものです。材料自体は新しくないとしか思えません。


では、何がすごいのか?なんでしょう??私には、反響ほど進化したようには全くみえないのですが。


ここには、いくつかの理由が隠されていそうですね、企業政治的な部分は置いておくとしても。


私の科学的私見では、こう予想します。
①研究室レベルでは”熱処理要らず”のはずが、量産レベルではバラツキを生み、うまくいかなかったため、バラツキ制御用熱処理工程を独自に開発しなければならず、シャープを含む各企業苦戦中。
②アモルファスは熱処理すると、結晶化が始まる、または、光触媒作用で表面の酸素欠陥が光と熱で動き始めるため、更なるバラツキを生む。
③シャープは気付く。フレキシブルを作っているわけじゃないんだからアモルファスの必要ないんじゃないか?結晶を作ろう。


つまり、アモルファスIGZOブームの影に隠れていた普通の結晶酸化物半導体に戻ってきた、と。当然、結晶酸化物半導体が使える状態になりつつあることは評価できます。


ただ、私には、いわゆる普通の結晶酸化物半導体の方が使いやすいと宣言したように思えてなりません。In2O3もGa2O3もZnOも、量産工程を精査することで応用できるということでしょうか?また、CAAC(C-axis aligned crystal)IGZOという独自名を付けていますが、結局、c軸優先配向膜という”普通”の異方性結晶成長です。この発表と資料のままですと、私が論文Reviewerでしたら、インパクトファクター4以上のジャーナルではリジェクトさせて頂くしかないです。


ちなみに、薄膜の世界では、アモルファス→多結晶膜→優先配向膜→単結晶膜の順で特性や安定性が高くなります。逆に曲がりにくくなります。今回は、新IGZOではなくて、既知のInGaZnO4の優先配向膜を独自の方法で作った(by スパッタ?)、ということで、材料科学的には普通となってしまいます。


これが誇れる新科学技術ならば、300℃未満でこれを作ったと言ってほしいところです。もし、そうなら素晴らしいです。


細野教授のコメント等も聞いてみたいですね。


ネガティブなことを書いてしまいましたが、発表そのものを科学技術的に見た場合、です。つまり、これが量産化、製品化に本当につながれば、その時が産業技術的な意味があったということと思います。最近、大学や企業の技術プレスリリースは、これら2つを混ぜて本質を隠してしまうので、メディアを惑わしているように思えてなりません。真の意味での、科学技術貢献か産業技術開発時にプレスリリースしてほしいですね、ハイランクジャーナルへの掲載時や、製品化時に。